阪神淡路大震災の発災から20年。
あらためまして震災でお亡くなりになった多くの方々に心から哀悼の意を表します。
20年前、私は小学校6年生(12歳)でした。
冬休みが終わり、小学校生活最後の学期が始まって間もなかったあの日、いつもと同じ朝が来るはずでした。
日頃朝が弱くなかなか起きられなかった私でしたが、あの日は地鳴りのような音とともにきた激しい揺れで飛び起きました。
当時は布団で寝ていたのですが、枕元方向にあった学習机からそろばんが落ちてきた記憶があります。
その後も余震が何度かきましたが、幼心にはその時は事の大きさが全くわかっていなかったように思います。
登校時間になり、友達と「地震怖かったね」などと言いながら小学校へ・・・。
教室にあったテレビを担任の先生が付け、神戸の街が煙で覆われ、数多くのビルが倒壊している様子の映像が流れているのを見て、初めて事の重大さに気が付いたわけです。
祖父が加入していた団体の支部が神戸にあったので、神戸には連れられてよく行っていたこともあり、その馴染みのある街が大変なことになっているという現実は、非常にショックなものでした。
あれから20年が経ちました。
人間の記憶は時とともに薄れていくと言われますが、「節目の年」はその記憶をしっかりと思いだし、風化させずに未来へつなぐ大切な機会であります。
神戸、淡路と同じ兵庫県に住む我々も、20年という節目の年に、もう一度命の大切さや助け合い、また災害に対する取り組みについて真剣に考えていかなければなりません!